_ オープンソースの推進方向に向かって活動を行ってるが、進めば進むほど、新たな壁も見え、新たな創意と努力も要求されてくる。
世界の巨頭にまざると、自の能力の低さを思い知る場面も多くなってもくる。
目標の困難さもまた具体的に見えてくる。
ただ困難さは、固定であるが、能力は、成長する、時間の流れのなかで、いつの間にか、成長し解決策も見出してしまうようでもある。
ほんとうは、皆、現在の能力を超え成長しようとする本能的衝動をもっているようにも思う。
大人になるのとひきかえに、捨て去ってしまいがちでもあるが。
現在の能力を超え成長をまた始めるとき、日々が新鮮であり、生き生きとしてくる。
子供の時野山で遊んだような、すがすがしさも取り戻す。
実際は、友人、家族、社員、会社そして社会全体も日々流動している。
そんな中においては、自身も日々変化成長するのが自然な姿であって、それが生きてるという実感の源泉のようでもある。
実は、能力を尽くすような生き方が一番自然な姿であり、幸福なことなのかもしれない。
さて、そんな生き方をしたとき、どの程度まで成長できるものか、自分で試してみたいと思う今日この頃でもある。
歴史に名を残したような人々は、死ぬまで子供のようなこころを持って成長を続けることのできた幸せな人たちだったのではないかと思う。
_ どうも隔日で書き込むペースになった。
昨日は、阪大の下條の研究室に遊びにいってきた。
学生時代からの悪友で、相変わらず自由な交流自体はつづいている。
さしあたってLet's noteにプレインストールしたDebianPCを、使わせることにしてきた。
さて今日は、社員がひとり連絡がとれない。
納期になると、なにがしか無意識に連絡を避けたくなるようだ。
たぶん彼の場合、自分もそうであったが、自分の好きなこと、納得したことしか出来ないのであろう。非常に甘やかされた環境で育つとそうなりがちである。
しかしそれは悪いことではない、自分のこころを大切にすることは大切であり基本である。
ただ、経験が浅いうちは、自分の方向をポジティブに設定することができず、つい与えられた環境を受け入れそのまま安住してしまいがちになる。
そうすると自己の欲求と与えられた枠のずれが、生じてうまく動けなくなる。
自分の欲求を自覚しそれに合わせて環境を変えていくというアクティブな行動ができれば非常に楽になるのだが、通常の教育のなかでは、そんなことを学ぶ機会は、すくないのでなかなか大変である。
グッデイが社員を一切管理しようとしないのは、自主的な行動を育みたいからであり、自己責任で自由に行動することを奨励する。
自主的に行動することにより始めて、自分の本当にやりたかったことに気付いたりするものであり、それは、なかなか机上でわかるものでもないし、言われてわかるものでもない。
やま程の試行錯誤の結果としてやっと自分の本当の姿が少しずつ浮き彫りになってくる、その自分の姿を極めるのが生きる目的であり人生そのものであろうと思う。
自分の心を具現化したものとしての自己が実現できれば幸せである。
自然体で生きることは、楽そうにみえても実は、非常にむずかしい。
全てを受け入れ順応し対処していけば、いいだけであり、それ以上でも以下でもないのだが、なかなかむずかしいものではある。
無理な注文はうけなければよい、ひとはどうせ自由にしか生きれないのだから好きかってにいきればよいのだ。
全ての自己の行動について自己責任として引き受ける潔さをもてばよい。
出来ないこと、やりたくないことから逃げずに、堂々とやりたくないと表明すればよいだけである。それで全てうまくいくものだ。
しかし、つい人のせいにしたり責任転嫁しがちになる。そうなるとなかなかうまく動かなくなるし、原因もみえにくくなってくる。
オープンソースの世界で輝いている人たちには、共通して、自由に生きるということにたいしての潔さ、強さを感じる。
そんな人たちと連携した社会を実現できれば幸せだろうと思う日々である。
無事彼とも連絡がとれた。
気をもむこと多いが、結果としてうまくいくものである。
自由にさせるといって、たんなる放任でなく最終的に責任を追うという企業としてのバックアップと覚悟は必要ではある。
彼らのもつ将来の可能性に、自然それを受けて立つだけ価値を感じてしまうのもまた事実である。
またその否定は、まさに過去のだらしなかった自己の延長としてある今の自己を否定することでもある。
自己の本来の大きさには、なかなか気付きにくいものではある。
ひとのもつ可能性は、実は、際限がないのかもしれない。
_ 昨日は、JLAの理事会などで、日記に向かえなかった。
kinnekoさんの突っ込み,marieさんの突っ込みに励まされもう一歩進めるようにしようと思う。
この日記は、営業広報的な意味はほとんどなく、自分の人生を、言葉として表現してみるのもまたよいかとう思うので書いてみることにした。
これまでいろんなところで、自分の意見をまっすぐ表明してきたけれど、ほとんど消え去ってしまったので、一箇所ぐらいは、それが定着する場所があるのもよいと思う、ここをそんな場所にしてみようと思う。
_ 自らの行動を、確認するためにも、日記に向かってみるのもよいかと思う。
とくに最近多忙を極めている、今後ますますその傾向はつづくであろうし、すでに前田青也に関し、なんら世に出して惜しむものはないので、まあつれずれなるままに、一人の生きざまを提示することもよかろうかと思う、そんな場をもてただけれでも、まあそれはそれで幸なのであろう。
今日をスタートにこれからの一歩一歩を記してみようと思う。
まさに、今後、オープンソースのサポートに主軸を移すので、それなりに、面白い日々になるであろうことは、予測できる。
これまでの活動もまた激動のなかにあったのだが、それを記するにいたらなかったが、これからは、おいおい書き出していこうと思う。
近いうちに、書籍をだして見ようと企てている。
オープンソースに関してのこの5年の取り組み、またその将来。
何故にそれを追い求めるのかを、記していきたいと思う。
そのための書き貯めることを、この場を使ってやるのもよいであろう。
前田青也という人間が、なにを思いなにを、行動するのか、それを残してみる。
これまでの47年程のなかで、予備校時代に約一年ほど日記に向かったことは、あるが、まあ小学校の夏休みの宿題を除けば、日記については、それぐらいしか記憶がない。
まあともかく一歩を進めてみることにする。
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